なんかバングラデシュテロで日本人死んだけど

仕事で危険地域に行くなんて社畜の鑑

これだけイスラム国が危険だと世界に認識されているのになんでイスラムの国に社員を送るのかね。
生ぬるい考えで自分達は平気だとでも思っているのだろう。
本当に会社経営者と会社で働く奴って馬鹿ばかりだわ。

いや、逆に日本の仕事に生きる社畜は命が惜しくない勇敢な人間ばかりなのかもな(笑)
だとしたら勇敢な死とも捉える事もできるな。


でも普通に考えてこんな世界情勢で、あの地域で仕事するって馬鹿としか言いようがないね。
会社も、平和ボケした日本人会社員も。

日本ですら治安維持組織なんぞ暴力に対して無力なのに、殺傷能力高い武装している危険人物うろうろしてるのに治安は守られてると勝手に妄想して恐怖が希薄なんだろうね。
ほんと日本人って恥ずかしいわ。

やはりそんなことも考えられないくらい仕事に洗脳されてる人間だったのか。
もう少し生きる事がどういうことなのかを考えるべきだったな。
そうすれば殺されないためにはどうするかが分かったかもしれない。

ああ違う、社畜は仕事を失う方が死よりも恐いから死んでもいいのか。
じゃあ恐怖はないわな。

自分の生活という狭い範囲だけしか考えが及ばず、世界情勢もろくに見れない浅はかな日本という地域の感覚でいるとこうなるっていい例だ。
仕事にだけにうつつを抜かすからだと。
知識として知っているのと、感覚で感じるという事の違いを理解できないんだよなこういう無駄死にする奴は。

仕事なんてやってないで少しは修羅場でも体験しろよ無能って感じ。
働くことがステータスと思ってる奴には一生理解できないがね。

まあ、日本人なんだから大事な大事な仕事中に死ねて本望だろう。
会社のために身を捧げて幸せなんじゃない?

社畜の国日本。

どれだけ危険でも日本の企業戦士は戦い続ける。

はいはいご立派ご立派。



何とも言えない悔しさと悲しさはある

とはいえ、同情はしないがいつも民間ばかり狙うテロ組織に憤りを感じる。
なぜに政治中枢になる施設や人物を狙わないのか?

弱いところから潰すのは分かるが、影響力の無い民間人ばかり狙うのは恨みを必要以上にかうだけでは?
何が目的のテロ行為なのか?
ただ恐怖と力を示したいだけとか。

もう一般人にも武装させるべきだな。
すごいカオスな状況になるけど。

弱者は緊急時にも何もできず、無抵抗も最近では通用しない。
一般人の犠牲だけが続くだろうな。

殺す方も武装している人間より丸腰の人間の方が殺しやすいしね。

なんにせよバングラデシュは武器ももてない社会的弱者が行っていい地域ではないことだけは分かった。

日本人が標的になってきているのを見ると、辛辣な意見と同時にさすがに同じ日本人として怒りが芽生えてくる。
他の国の人々はどうなのだろうか?
自分の脅威にもならない弱い民間人ばかり無駄死にしているのに目立った動きも見せない各国の政府。
正直、戦って死ぬならまだしも、無抵抗のまま殺されたと思うとどれだけ無念だったかは想像に難くない。

日本人もいい加減無関心ではなくなる気がする。
他人に関心がない私ですら、無抵抗で平和ボケしたおそらく害のないような弱者な日本人を圧倒的武力で惨殺されていると思うと怒りがわく。

日本人に人種としての仲間意識があるのなら怒りがわいてる奴増えてると思うんだがそうでもないのかね。
今までそこまで関心がなく、海外に行くやつが悪いと思っていてもここまで民間人ばかり標的にされるとさすがにぶち殺したくなる。

日本人舐めるなと。

軍隊つくって戦うなら志願したいわ。

こういう考えにさせるのもイスラム国の手かもしれんな。
世界中に戦火をもたらす為にね。

社畜死ねと言ってきたが、何もできずに命を落とした人たちはさぞ無念だったろう。
どんな人だったかは知らんが無抵抗なのに殺されたのは事実。

税金などの義務を与え、武力所持、闘争を禁止するなら何とかしろ。
それが出来ないなら戦わせろとお上には不満が募るわ。


社畜いい気味と思うのも真実だが、不意に命を絶たれた日本人に対し妙な仲間意識からか悔しくも悲しくも思うのも事実。
人間って本当に自己矛盾を孕んでいるのだな











このエントリーをはてなブックマークに追加
スポンサーサイト






重なる世界






隣の世界へ訪れるには、意識を保つことを止めることが近道なのか
このエントリーをはてなブックマークに追加


便利になるということはやる事が無くなる事

私は大して便利に思えない世界だな

なんでもでもかんでも便利にしていくのに何となく危機感を覚える。

便利になるということは、怠けるためとも言える。
自分ができない、もしくはやりたくないことをやらなくてもいいようにするって事だろ。

そのやらなくて済むようになったことにより、空いた時間に何かしよう。
でも、その何かも如何にやらなくて済むように考える。

つまり“便利”にする。

これの繰り返し。

何もやらなくて済む、やることがなくなる。
そうなると、人間一人にできることなどたかが知れてくる。
存在することすらやらなくて済むようになるのではないか。

自らの存在理由までをも、その怠惰な性質の所為で失くしていっている様に思える。

人々はどんどん便利になって喜んでいるのだろうか?
私はそうでもない。

身近なところで、車がAT主流になったことが残念。
トラックすらそうなってきてるし。

アクセルブレーキだけで、シフトレバーとクラッチペダルがなくなって便利になったと思える人は今の世の中も便利で良いんだろうな。

私はAT車はなんか物足りない。

これに限らず、やらなくても済むようなことは増えた。
そんなに何でも自動がいいのかね。

無理して利便性を求めるように新商品を開発して消費していく社会は止まらないんだろうな。
大して壊れてもいないものを廃棄して新しいもの新しいものと買わせる。
そんな感じがするわ。

無駄に消費して無駄に利便性を求めることは、人間が出来ることを奪っていく。

現状でも要らない仕事している企業は多い。
特に中小。

そんな世の中、自分の存在理由の無さを否定するかのように経営している企業は確かにある。

便利になる。
それは何かの存在理由を奪う事。

そんな風に考えることもなく、いろいろなものを開発して喜んでいる人間を見ていると、何か見えざる力でそうさせられてる様にも見えてくる不思議。


人間が知恵を得て、自分たちの便利を求めた末に、自らの代行者を創る事は、その代行者が自らを生み出させるために今までの営みで創造主の存在理由を奪ってきた。

それを最先端で生み出す者ほどそれに気付かない。

見えざる力に洗脳されている。


と、想像してみる。

まあ、そんなに長くは生きていないだろうからどうでもいいけどな。
なんか年とった所為か、良い未来が想像できん。

何事も程よいところが良いんだよと思うが、人間は探求心、好奇心の生き物だからな。
千年くらい生きてどうなるか見てみたい気もするわな






このエントリーをはてなブックマークに追加


人間の内面を具現化

七つの大罪って人間の内面を具現化し、悪しきものとして人間とは別のものと言いたいんだろうか?

それを含めて人間なのに。

でも確かにこれらは、行き過ぎると罰として自分に返ってくる気がする。
罪と言えば罪なのかも。




傲慢

身を滅ぼす。
傲慢な振る舞いは、敵を作り安住を許さない。

悪魔の如く人間を屠れるならば傲慢もいいだろう。
だが、弱い存在でも数多になれば悪魔を殺すこともあるだろう。

傲慢でいる限り敵は無尽蔵にやって来る。

所詮人間など高慢な振る舞いなど許されない。



嫉妬

嫉妬とは妬み嫉み。
嫉妬するとは他と比較すること。

他がなければ嫉妬もできない。

他を認識し、己より恵まれた事を羨み、己より優れた他と比べる。

これもまた身を滅ぼす。

他と比較し、羨んだところで己は他ではない。
己の心が貧しく惨めになるだけだろう。

優れた事象に囲まれている様に見えるだけだ。

己と他は違うもの。
理解できない。

そんなものを羨んだところで不毛でしかない。

なぜなら、比較したところで己の主観でしかない。
他が本当に恵まれているのか知る由もない。

これほど無駄で愚かな事はない。



憤怒

憤怒の炎は自らも焼き尽くす。

怒りによって他を焼き尽くせたとてその炎燃え尽きることはない。
他を焼き尽くし、その炎は別の他へと燃え広がる。
その炎は際限なく広がっていく。

そして、最後には己をも焼き尽くすだろう。

しかし、そこで炎が消えることはない。

燻った火種を受け継ぐ者が現れるだろう。

恨みという炎は何時でも再燃することだろう。



色欲

色欲は快楽。

快楽に溺れる者を人は助けない。
なぜなら快楽を得られぬ方が多いからだ。

嫉妬・・・

色欲に塗れることは、嫉妬を生む。
子孫繁栄につながる欲望は、絶えることはない。
多くの嫉妬を生む事だろう。

程々にすることだ。



強欲

人の欲望は果てしない。
一つ欲を満たせば、新たな欲を欲す。
それが永遠に続く。

そして、最後は分不相応なものを欲しがる。

キリがない。

身の程を弁えず傲慢にもあらゆるものを欲し続け、本当に欲すものを見失う事だろう。

まさに強欲。

欲望の果てにあるのは、果たして満足いくものなのだろうか?

否、果てしなく続く欲望に対し満足などあり得ない。

一生満足せずに終える事は強欲にとっては最も哀れなことだ。

満足を欲しているのだから。



怠惰

怠惰は死そのもの。
怠惰に憑りつかれては生きている意味がない。

肉体は動くようにできている。
動かさなければ、動く必要がないように成っていく。
動く必要がなければ、肉体は停止する。

肉体が停止すれば精神も停止する。

それは死と同義。

生は動、死は静。

止まった時点で死なのだ。

怠惰は死を呼ぶ。
生の意味を否定する。

しかし、怠惰に憑りつかれたものにとっては福音なのかもしれない。



暴食

食い過ぎは体に良くない。

食い過ぎは胃を壊す。

食い過ぎは太る。

太ると動きづらい。

そして、怠惰につながる。

食は程々にしないと、すべてを食い荒らす。

己の大事なものまでな。



七つの大罪って本当に罪なことなのかもね

全て身を滅ぼすわ。

しかも、周りも巻き込む。

これらは悪魔にも対応してるが、上手く言ったもんだな。
人間の内面にあるものこそ悪魔と言われるものなんだろう。

自分たちの認めたくない汚い感情を悪魔とかいうものを生み出し、その悪魔の所為にしてるんだからな。

さすが人間、汚い。
そうまでして他に責を擦り付ける体質は昔からなんだな。

それを大“罪”とか言っちゃってるんだもんね。

これらを表面に出すと確かに迷惑だわ。

自分たちが罪としたものを悪魔の所為とし、罪を逃れるとはねぇ。

悪魔などこの世にはいねぇ。
どんな非道な事でも、その行為を行うのは人間以外に居はしないんだよな。

そんなに認めたくないほどの罪なのかね?
自分の中の悪魔を受け入れてこそ自分の事が理解できるのにね。

それが分からず、こんなものを書き記したとしたらやはり人間の心は弱すぎるわ














このエントリーをはてなブックマークに追加


核の抑止力って暴力による統制と他ならない

核の抑止力

北朝鮮の核実験は妥当。
なぜなら核保有している国があるから。
至極簡単な理由。

そして、北朝鮮の核保有を反対するのは間違っている。
反対するなら核保有すべきではない。

なのに自分たちは力を保有し、他人には力を放棄しろという。
私から見ればどちらが悪か一目瞭然だがな。

結局統制者気質なのだろうな、反対するところは。

北朝鮮が脅威なのではなく核保有を反対する核保有国の方が脅威に感じるがね。

核の抑止力は力による抑止力。
暴力での統制と同義。

これについては否定しない。

はっきり言って暴力は必要なものだと考える。

相手を脅して要求をのませることは何も間違っちゃいない。
我々が決めた犯罪としているものを行ったら力でつぶしますよと言った法と暴力は同じもの。

それに対しさらなる力で反証し、相手の要求に自分の要求を上塗りできればそれが正しいことになる。

世界は暴力で成り立っていることになる。
現存する生物は暴力による力で生き残ってきたことは確かなことだ。

それなのに暴力反対とか言っている人間を見るとどうかしているんじゃないかとも思ったりする。

そういう人たちは法によって裁かれる人間が力によって裁かれるとは思わないんだろう。
あくまで法による執行とその辺の犯罪者が行う殺人、傷害は違うと思っているのだろうな。
だが、こちらと相手双方が存在する場合において、相手を自らの利益のため“壊す”事には変わらない。

犯罪者が他人を壊すのと、合法的に了承を得て壊すという違いなだけで、力による破壊行為には違いない。

国が他国に対する核の抑止力とは暴力による脅しだ。
これを反対するのはわかるが、そのために暴力を盾に要求をのませることと何ら変わらない。
核保有国が核保有を反対することはな。


暴力は暴力を呼ぶこともあるが抑止力になることもある

まあ、体験に基づくとこう思うわけだが、必ずしもそうはならない。
基本暴力でどうにかしようとは思わないことだ。

それでも経験則で言うなら、暴力は便利。
まずいじめられない。

日本は暴力で黙る人間が多い。
ただ、脳筋バカと見下しているだけかもしれないが、暴力をかざすと人は寄り付かない。
誰しも自分が傷つきたくないからね。

他人にどう思われようが構わないから鬱陶しい奴を払いたい時は便利。

そして、暴力は抑止力にもなる。
力ある人間は力ある人間とはおいそれと争わない。

争う利益がないのだ。

簡単に倒せる相手なら気に入らなければ速攻潰す。
が、相手が一筋縄ではいかない時、簡単に喧嘩を吹っ掛けるか?

9割は喧嘩しない。
学生のときはそうだったな。
不良って考え無しに誰彼構わず喧嘩売るイメージがあるだろうが、それは喧嘩弱い奴に多い。

強い奴って相手を見るものだ。
相手も見ないで返り討ちに合う奴は大抵弱い。
強い奴は確実に勝てる奴には暴力振るうが、相手が強い、もしくはまける恐れがある場合は喧嘩しない。

先述した通り利益がない。

強い奴はもうそれなりの地位にいる。
一番怖いことは敗北。
その地位がなくなる恐れを抱いてまで無茶はしない。

強いものは牽制し合う。
お互いのメリットを考え、あまり事を構えない。
不良漫画とか見ていて違和感を感じる。

まあ、現実は卑怯と思われることもあるかもしれないが、弱いものからつぶし、強いものからは逃げるのが生物としては正しい。
誰彼と争い傷付き、第三者にやられることもあるからな。
喧嘩強い奴って皆賢いよ。

賢くなければ力も効率よく使えないしね。

“強いものと戦う”事がかっこいいと思われるが現実は違う。
これは争わないようにする洗脳にしか思ってはいなかった。
勝てば官軍、とはいえ自分の肉体一つで勝ちたいとは思っていたがな。

青い青い(笑

マジ強いもの同士は本当に喧嘩しない。
て言うか“ケンカ”にならない。
どちらか先に攻撃食らった方が意識とぶ。
それぐらいの攻撃力ある者同士はお互い分かる。

強い者同士は、殴り“合い”にはならないのだ。

そんな自分の地位が一瞬で無くなるようなことをそんな簡単にはしない。

あと、体がでかい奴も喧嘩が強いといわれている奴とはしない。
“おそらく”勝てそうでもだ。

多分、でかい奴は強い奴よりでかいのに負ければデメリットが大きいからだろうな。
強いと言われている奴でもでかい奴には喧嘩は売らない。
でかい奴の強さと危険を本能的に理解し、やはり負けた時のデメリットがある。

これらは、お互いが“力を持っている”ことで牽制していて、争うことはない。
まさに抑止力になっている。
今思うとね。

本当不良漫画ってリアリティないよなぁ。
強いもの同士って本当に争わないのに。
自分と相手の攻撃力を十分に理解している。
“殴り合い”になる時点で弱すぎる・・・
まあ、架空の世界だから何でもありなんだろうけど。


まあ、このように暴力は抑止力になる。
経験則では、自分の強さをある程度知らしめれば、噂で広まり自分に暴力振るってくる人間はいなくなる。
自分とやりあったらお前らはただじゃ済まないという雰囲気も身につく。

弱い奴は平気で絡んでくるから返り討ちにするとして、強い奴は絡んでこなくなる。
危険を冒してまでいじめなんてしない。
そんな下らんマネする馬鹿はそもそも弱い奴だけだからな。

だが、暴力がさらなる暴力を生む事も確か。
たとえ自分をいじめる人間を力で撃退したとしてもさらなる力、兄弟、先輩、大人等々。

そして、いじめる方にもプライドがある場合がある。
いじめられっ子の反逆を一切許さない。
下手な反撃をしようものなら、更なる力で、もしくは更なる人数で追い込みをかけてくる。

いじめに対し力で抗うのも慎重に考えなければいけないな。

今思うとね


どんなに否定しようが世界は暴力という力で動く

そんなことはないと思っている人は物事の本質が理解できていないとしか言えない。
他の暴力で守られているのにね。

快適に過ごせるのも暴力をふるう人間を暴力で抑えているからであり、それを正しいことと思わせているのが法だ。

力あるものが法を作り統制し、それに異を唱えるものは力により排除される。
これは人類普遍の事象だ。
現に核保有で抑止とか言っているんだから。

力を以て秩序を守ることは子供の世界と何ら変わらん。
そもそもが人間がそういう生き物だということだな。


暴力で統制して、安定を保ってきたなら暴力によって覆そうと考える人間も出てくるだろう。
つまり、さらなる力で塗り替えようとする働きだ。

確かに暴力による抑止力はあるが、さらなる力での秩序の破壊も在り得るのだ。

結局この世の真理は力なのだなと思う。


力を持とうとするものと、力を持っているもののくだらない駆け引き。

神という絶対的支配者が本当は必要なのかもね馬鹿な生物には。

私は御免だがね









このエントリーをはてなブックマークに追加


スポンサーリンク
プロフィール

ひろし

Author:ひろし
ちっぽけな
このこころざし
宇宙に届け

いやなにきび
月別アーカイブ
カテゴリ
楽天
検索フォーム
いろいろ語ってます

全ての記事を表示する

RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
広告
仕事中震災に会った