怒りの抑圧はコントロールしてるとは言えない。舐められたくないなら怒れ

怒りの抑圧とコントロール

はっきり言って、“怒らないこと”で感情をコントロールできてると思ってる奴多すぎ。
怒らないことは、“抑圧”。
コントロールとは言えない。
自分の感情を殺してるだけで、それを“大人の対応”と勘違いしている。

そもそも、学校教育からして怒りの抑圧を教える。
コントロールの仕方は教えないし、むしろ怒ることは悪い事のように教育する。
怒りも、喜怒哀楽、人間の大切な感情の一つなのにだ。
なぜか?

それは、闘争に繋がるからだ。
だから、怒りにまかせ暴れたりすると、どんな理由があれ、悪者扱い。
これって怒りをコントロールできてないよね。

怒りをコントロールするということは、闘争に繋げず、怒る事。
自分を守る為に、時には“怒り”を使う事も重要なのだ。


怒ることが出来る人間は、いじめをいじめと思わない

上級生がいつも教室に殴りこんでくる。
登下校でも、なにかと因縁つけて、からんでくる。
校門では、毎日の様に待ち伏せ。
どこで会っても、なにかと嫌がらせ。

最終的には、その上級生達が卒業間近で、校門にいつものように待ち伏せ。
いつもと違うのは、その人数。
20人は越えていた。

これは、私が小学生の頃に受けていた事。まだまだあるが、ここでは割愛。
これ、いじめだと思う?
当時の私は、いじめられてるとは思っていなかった。

いじめについてはここで語っている→いじめはだれのせい

これが、私のいじめに対する考え方。
何もしないから、それはいじめになる。

私はこれらの事をやられて、怒らなかったと思いますか?
はっきり言って、怒り、暴れまくりましたよ。
上級生の何人かにはかなりの怪我を負わせてる。

上記のような事をただ聞くだけなら、いじめだが、こちらもそれなりにやり返してた。
だから当時の私はいじめられてる認識はなかった。

相手にやられたーーー
哀しい、しくしく・・・

こんなだから、自分がいじめられてる、被害者のように錯覚するのだ。


いじめの対象は、怒れない人間

いじめられる人間は怒れない人間。
簡単な事だ。
怒らない人間には何を言っても平気だろう、と皆思う。
これが、増長し、いじめと呼べるものに発展していく。

ここまでされても、いじめられる人間は怒らない、いや怒れない。
そりゃ付け上がるだろ?いじめる方は。
いじめられる人間は、いじめる人間を付け上がらせ、取り返しのつかない事になっていく。
いじめられる人間が、いじめる人間を作っているとも言えないだろうか?
そして、自殺。

まわりは、いじめた方が悪い、自殺に追い込まれ可哀想。
こう口々に言う。

私はそうは思わない。
残された者の事も考えない、自己中心的な考えの愚か者でしかない。
なにせ自分を殺しているんだからな。
なぜ、戦おうとしないで死に逃げる?

まあ戦い方はおろか、怒り方さえ学校じゃ教えてくれないもんな。
当然っちゃあ当然か。


いじめられるのは自分自身が悪い。
怒れない自分が悪い。
このような、思考回路を持たないから、いつまでもいじめられるのだ。

いじめられる奴の思考は、
なんで俺だけが、なんでこんなことをする、酷い事するあいつが悪い、助けてくれない学校が悪い。
とにかく周りが悪い、自分は何もしてないのに・・・

こんな卑屈なものばかり。
自分自身に目を向けない。
そもそも“何もしない”が原因なのを理解していない。

自分が被害者と思ってる限り、いつまでたっても、どこへいっても被害者からは逃れられない。
嫌なことをされたら“怒る”。
これが当然のことなのだ。


舐められたくないなら怒れ

これは、社会人にも言えること。
上司に怒られて、というかひどい事言われてる人いるが、よく怒らないな~と思う。

私は怒る人なので、上司に小言を言われない。
若い頃は怒られてたが、それが悔しく、いろいろなことが出来るように仕事してきた。
そうなると、上司の怒る内容が矛盾だらけで、こちらも腹が立ってくるときがある。

そういうときは上司以上の怒号で、いかに上司が間違っているかを理論立てて述べ、
自分の考えを強く主張する。
そうすれば、もう何も言ってこない。
誰だって怒られるのは嫌なのだ。たとえ上司でも。

私は考えて“怒り”を使っている。
自分の意思、主張を述べるとき、時には怒りも織り交ぜ伝えた方が、
相手を納得させられる事がある。

ただ怒りまくるのではなく、なぜ怒っているかを相手に理路整然と伝え、
相手の行いが、自分にとって嫌だということ、
そして相手の間違いを正確に指摘する。
これを怒りながら主張する。

これが“怒り”のコントロールではないかと思う。

怒れない人間はいつまでたっても怒られている。


まとめ

“怒り”も人間に備わったもの。
だから、抑圧するものじゃない。
抑圧し過ぎると、うつ病などの精神疾患、果てはなにかしらの事件を起こす原因にもなりうる。

よく聞かないだろうか?
犯罪を起こした人間に対し、近所の人の反応。
「やさしい人だった」「こんなことするような人だと思わなかった」などなど。

私の身近でも、突然怒り出し、帰っちゃう人よく見かける。
決まって普段おとなしい人たちだ。

「ああ、相当がまんしてたんだなぁ」と思う。
私や、普段からこまめに怒ってる人は、こういう大爆発はない。
ちょこちょこ小出しに怒る方が、ストレス的にも身体にはいいと考える。

だから、こう考える。
怒りの抑圧はコントロールしてるとは言えない。
そして、舐められたくないなら怒れ。
上手く怒る事ができる人間は、周りにも認められる。

上手く怒りをコントロールしていくべきなのだ
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