人間と動物に対する感情の違いは何故起きるのか悪意の有無なのか

動物は許せるが人間は許せん

この違いは何なのか?

幼少期から人間相手の争いは数えられないくらいしてきた。
今でも人間とは争う事がある。
瞬間的には殺意さえ芽生える。

人間相手なら力を振るう事が出来るが、動物にはなぜか怒れない。
いや、怒ることは怒るのだが叩けない、手を出す気が起きない。

うちのペットが、カーペットに小便をする。
糞ならマシだが、液体は質が悪い。
表面に凹凸が少ない面ならいいが、凹凸の多いところにされると怒る。

確かに怒る、怒るんだがなぜか許せる。
すぐ怒りは収まる。
しょうがないな~でおわる。

これが人間だったら、殴りまくって道路に放り投げてやる。
私は気性が激しいのでこのくらいは平気でやる・・・かもしれない。

だから、介護とかで下の世話とかできる人間は凄いと思う。
とてもじゃないが、人間の糞小便は許容できない。
ましてや老人。可愛くない。
だからといって子供ならいいのかといえばそうでもないんだが。

やはり、人間が粗相をするというのが許せないのだろうか?
おそらく、知的生命体を謳っているだけに可愛げも無ければ、知的でもない事が許せない。

子供の頃に犬に噛まれた事がある。
手が血塗れだ。
だが、怒りは無かった。

これが人間だったら、倍以上に血塗れにしてやらないと気が済まない。
なぜなのか?

それは、人間が攻撃をしてくる時は悪意があるのだ。
人を傷つける事は、禁止されているにも関わらず傷つけようとする。
これが、悪意と感じる。
これ以外の手段を使えるのに使うからだ。

だが、動物には悪意は無い。
か、どうかは分からないが、感じない。
この差だろう。

まあ、人間でカーペットに小便したら悪意以外の何物でもないわな。

とにかく、人間が行う自分が嫌だと思う行為には漏れなく悪意を感じる。
しかし、動物にされる嫌だと思うことには寛容になれる。

そこに悪意を感じないからだ。

人間は知的生命だけあって、人間が嫌がることを知っている。
故意に行う事が可能なのだ。

片や動物は嫌がることをしてきても、故意にしてるわけではない。
動物が行う行為がたまたま人間が嫌がる行為だったに過ぎない。
それを怒る事など出来ようも無い。

獣に食い殺されたとしても、
まあ、嫌っちゃあ嫌だが諦めはつく。
そこに悪意は無く、ただの捕食行為なのだから。

しかし、人間に殺されるのだけは許せん。
死しても恨みは消える事は無く、呪い殺したいと枕元に立ちたいと思う。

やはり、悪意の有無なんだろうな。
人間が人間を殺す時は、悪意があるのではないかと思う。

悪意として相手の行動を見ている私の考えも悪意だし(笑

なんだろう?人間には何とも言えない何かを感じる。
おそらく同属として感じる許せぬ何かなんだろう。
これじゃあ争いはこの世から無くならない訳だな。

動物は純粋なんだよ。
何度言っても、嫌がるところに小便するし。
でも、悪びれることなく寄ってくる。

嫌な事は嫌がるし、逃げる。好きな事はとことんやってくる。
とにかく素直。

人間にはこの素直さがない。
何かにつけ、自分を偽り良く見せようとする、しなければならない。
かといって、素直に自己中なことしても可愛くない。
どちらにしてもかわいくない。

動物が可愛く思うのは、人間社会だからだとも言える。
人間は権利として守られているが、動物はどんな凶暴な獣だろうと人間社会においては、社会的弱者だ。
この点も動物を贔屓してしまう要因なのかもしれない。

人間社会というところで、生きていかなければならないペット。
ぬくぬくと飼われていた動物が捨てられれば、生きていく事は出来ない(繁殖する逞しい奴も居るが)
なので、どちらの意味でもペットを捨ててはいけない。

カーペットに小便しても、しかもあちこちに・・・
可愛がってやるぞ
うさぎさん
こんな感じで居座ってて、どかすとしてたりする。
何度追いやってもすぐ来て、腰を下す。
そして、洗濯の回数が無駄に増える・・・





ま、かわいいから許しちゃうんだけどね
どアップうさぎ


でも、内心うざい。
気持ち良さそうに居座るから無碍にできない・・・




関連記事
このエントリーをはてなブックマークに追加


コメント

Secret

スポンサーリンク
プロフィール

ひろし

Author:ひろし
ちっぽけな
このこころざし
宇宙に届け

いやなにきび
月別アーカイブ
カテゴリ
楽天
検索フォーム
いろいろ語ってます

全ての記事を表示する

RSSリンクの表示
リンク
QRコード
QR
広告
仕事中震災に会った