宗教団体って恐いわ暴力団は反社会的組織とか言われているのに宗教団体は野放し

宗教は圧倒的に恐い存在だ

熱心な宗教家は自分の信じる(他人から見たら権威もクソも無いただの張りぼて)の為、同属(人間)排除を行う輩が多くないか?
はっきり言って狂ってる。

宗教は心のよりどころをつくり、自身を安定させる事が主ではないのか?
の名の下にという身勝手な大義名分で大量虐殺。
反社会組織と言われるとこより断然恐怖を感じる。

宗教団体は、自分達とは違う価値観の人間を平気で排除しようとしている。
を信じないものを絶対に許さない。
まさしく狂信者だよ。

なぜ、世界規模で宗教を止めないのか?
それは、各国指導者も宗教と言う名の麻薬に毒されているとしか思えない。
自分の思想意外の者は平然と迫害し殺害してきた。
という自ら作り出した狭い世界の存在を、理解しない者には容赦なくな。

を信じる者は、その信じるが正義。
信じない者は悪として。

神などいないと思う者は、神を信じる者を信じる事は出来ない。

両者の価値観は互いに相容れることは無い。
だから未来永劫戦争がこの世界から無くなることはないだろう。

勝手に自ら作り出した“神”というモノを無条件に崇拝し、それに反する同種族を受け入れず否定する人間がいる限りな。

私は神など居ないと考える。

なぜなら、生物として生まれた自分の行動は全て自分のもので責任だ。
そこに神などと言う不確かな存在の介入など在り得ない。
そのような実体の無い存在に縋り、心のよりどころを創らないといけないほど弱い人間でも無い。

だが、世界には自立しない、できない。
神に依存し、神に縋る弱い人間が多いのだろうな。
だから宗教という教えはなくならない。

人間が真に自立した考えを持たぬ限りな。

ところが、自分だけが信じる神に縋る宗教家から見るとこの考えは、神に生かされているのに神に仇なす不心得者と言われるのだろうな?

ここでまた、神を信じる者と、信じない者による対立が起こる。

無神論者は、他人の価値観に寛容だ。
自分がそうだから。

しかし、熱心な宗教家は違う。
自分が勝手に作り出した神にも拘わらず、他人にも信じる事を強制し、それを拒む者には神の鉄槌として、
あたかも敬虔な自分が神の代行者になったつもりで無神論者を平然と攻撃する。

「神の名の下」という勝手な大義名分でな。

危険な思想だ。
誰もこの事に気付かないのか?
いや、権力者ほどこの思想なのだ。

人間社会は宗教で成り立っていると言っても過言ではない。
そして、世界に蔓延る“創られた神”はたかだか人間個人の欲求を満たされる為だけに、正義を行う口実のために創られ存在している。

これでは、戦争など無くなりはしない。
この世界で、“神”と呼ばれるものは、人間の欲求で生まれたのだからな。

これに気付ける人間は、この世界の神など信じない。
神を妄信している人間が滑稽に見えると同時に恐怖を感じる。
なぜなら、宗教、神を信じるという大義名分があれば何をしても赦されると思っている。
それが人間社会における禁忌であろうとも・・・

反社会的といわれる日本の暴力団など可愛いものだ。
まだ、人間味を感じる。

神を信じきっている人間は同じ人間とは思えない。
自ら作った神は自分達にとっては都合のいい存在で慈悲深い。
が、信じない者には慈悲は無い。
神も、神の信徒である宗教を信じる人間も。

下手な事を言えば、神の名の下攻撃。
神を否定しても攻撃。
話し合いと言う合理的手段も通用しない。
理性ある生き物では無いよこいつら。

人間を模した怪物。

私が宗教を、神を妄信する人間に恐怖するのは、人間らしい慈悲深さはなく、
価値観の違う(神を信じない)者に対しとことん冷酷だからだろうな。

先にも述べたが無神論者は、宗教家にも寛容だ。
宗教家も無神論者に寛容であるべき。

人間を平等にも見る事が出来ないモノは神とは呼べない。
差別を平気で行う人間そのものだ。
宗教を信じ、神を崇拝すること自体は自分達の中で完結するべき。
その考えを他人にも押し付け強要した時点で、その宗教の神は人間が作り出した、“支配”という欲求の化身だろう。

自分達が勝手に信じ込んでいる神を否定されたからって殺すのは、それこそ自分勝手な人間そのものの発想だな。


神を作ってみた

世界に在る様な神なんて誰でも作れる。
私が生み出す神は、全てにおいて生命は平等。
もちろんみんなが嫌いなゴキブリちゃんも可愛いあの子もね。

そして、干渉しない。
全ては自ら創りしモノたちの自然な営みに任せる。
そこに悪も善も無い。

なぜなら、個全てが同じ設計では無いことを創造主が知らないわけは無い。
そして個が行う行動に対し、自らが何かを下すにはあまりにも小さい。

そもそも人間が素粒子よりも小さい存在に対し「裁きを与えてやるぜ、ゲヘヘヘー」とかするか?
そんな事をするのなら、自分より劣っている者を見下すことで優越感に浸る人間そのものだ。
神などではない。

神が人間に罰を与える?天罰?神罰?
アホか?

てめえらの信じる神はそんなちっぽけな存在なんだな、ぷぷwww

私の神は偉大で超越者。
何者にも干渉しない。
それが銀河や宇宙の営みでもだ。

我々が想像も出来ないくらいの存在。
それが私の作る神。
そんなものは小さすぎて干渉する必要も無いって事だ。
それでも、全知全能なんだから、個全てを把握はしている。

もちろん救いの手はない。
私の神は「その小さき体で自ら生きよ」としか思わない。
そして小さきモノ全てを見守る事しかしない。

それが、生命としての自立。
縋るものを作っている時点で、生命として逃げている事なのだ。
私の神はそんな事は認めない。

何かに救ってもらおう。
それが、得体の知れないモノであっても・・・
だったら、得体の知れないものを崇高な存在“神”にしちゃおうぜィ!

なんとまあ安直な考えなのか。
呆れるわ。

誰かに、何かに救いを求める事自体身勝手な事。
誰かを、何かを救おうなんて傲慢な事。

こんな世俗的な行為を神が許すものなのかね?
正に人間が人間のために人間の思想で創られた神としか見えないな。

私も勿論、他の思想ある人間なら神などいくらでも量産できる。

このように、誰だって心の中に簡単に神を作れる。
それなのに○○教という特別な確固たる地位を与え、人々に広めている。

頼り、縋れるモノを与え、自分で考える事の放棄を促がしている。
あたかもこれしか存在していないかの如く。

異常だよ。

誰が最初に創ったか知らんが、現実に云われている神のなんて小さきことよ。
人間の前に顕現する程度のモノなど大した事も無い。
ましてや自分が作った塵にまで干渉してくるなんて・・・

しかし、そんなモノの教えを熱心に信じる人間はこの世界に数多存在する。

今現在神として崇められているものなんて・・・
まるで、低俗な“人間そのもの”じゃないですかーーー

この程度のスケールの神を信奉する気にはなれんな。

そしてまた、その小さき神々を信奉する人間と対立・・・
きりないわ。


宗教の教えを信じるのも、神を信じるのも個人の自由。
だが、そんなモノに価値を見出せず、信じないこともまた自由。

神を信じないものに背信者と一方的に悪く言うのは、宗教弾圧となんら変わらない。

“神は居ない教”を弾圧している事なのだ。

全ての信者がそうではないのは分かる。
だが、妄信している者は多い。
何より、人命よりも教えを優先させるイメージは拭えない。

宗教団体が一般人に恐怖を抱かれているという事を、宗教家には知ってほしいのだ。
反社会的勢力と同じくらい、いや個人的にはそれ以上。

そして、もっと無神論者に寛容になれとも思う。

でも無理だから、宗教が無くなることはなく、争いは絶えないのだろうな。
人間が不完全で在る限り、争いがなくならないのなら、完全自立の人工知能が人間を支配した方が合理的かもね。
今まで碌な事してこなかったんだからね人間は。

民主主義など形ばかりで、世界は身勝手な人間で構成される少数の支配者で動いてきた。
今も昔もこの独裁体制(そうは民に思わせない独裁)は変わらない
宗教も身勝手な人間が生み出したものの一つ。

これでは一個人に都合がいい世界になるに決まっている。

圧倒的に恐怖を与える宗教はこの世界から無くなることは無い。

人間が弱い存在である限りな






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