過去に囚われて今が疎かになれば衰退の一途だろうね

過去の栄光があると縋りたくなるのか

私は過去は振り返らない。
年を重ねてくると昔の事を懐かしく思い、昔の話ばかりになりがち。

これが気に入らない。

特に年寄りの昔自慢。

昔はすごかったとか、若いときはあんなことこんなことできたとか。

まあ、そうだったのかもしれないが、今がそうではないのならそうでもないのだ。

過去にいくら偉業を成し得たとしても、今が乞食なら乞食でしかない。
過去のことなど所詮本人にしか分からないことだ。

それを得意げに話されても、大した感慨はない。
だから過去の話は他人にしないし、過去の事に興味もない。

私にとっては今がすべてなのだ。

今が過去より勝っていれば昔のことなどに思いを馳せることもない。

成長していく子供が過去の事に拘らない様にな。

そう考えると、昔は~だったみたいな話する奴って、成長の逆で衰退中なんだなと思ってしまう。
そこで底が見えてしまうのだ。

大抵この手の話をする輩の、話の通り過去がすごかったとしても、今を見る限り大したことなかったんだなとしか思えない感は半端ない。
その、昔の片鱗がどこにも見られないのだ。

普通そんなにすごいのなら、すこーーーーーーーーーしくらいはすごいもんだろ?
見る影もない。

正直、有りもしない美談を誰も証明できないことをいいことに創作しているのかと勘ぐってしまう。
そう思わせるところが、もう見下す原因にもなる。
年齢を重ね、経験も積んでいるんだろうから、創作にしてももう少し信憑性を持たすことはできないものか?

だから、年寄りは尊敬できない。

過去かどうだったといくら喚いたところで今の状態が変わるわけでもなし。
これからどうしようかと考えた方が有意義だと思うけどな。

過ぎ去ったことなど本当にどうでもいい。

いくら過去の栄光を説明しようと、今の貴様に対してしか接しようがないのにね他人は。


人間は自分の行いを振り返るものなのか

過去は振り返らないと言ったものの、過去を忘れ去るわけではないので懐かしいとは思う。

人によっては、あの時ああしとけばとか、~しとけば今は違った人生だったかもとか思うかもしれない。

でも、今でもできない者がその時に何かできたとは思えない。

人生は選択の連続で、その結果が今だと言える。
その時の自分の選択は、その時の自分のベストな選択と思っている。

それ以外を選ばなかったのだから。

その結果がどうであれ、誇ればいい。

自分の選んだことが、失敗だったとしてもそれ以外の選択はなかったのだ。
選択肢があったと思っているのは、“今”という観点から“過去”になったその時を振り返る事が出来るからであって、その時の今に選択肢はなく、“それしか”なかった。

基本人生は自分で切り開いていくものと、私は思っているが、こういう風に考えると運命ってものもあるのかなと・・・


自分の意志だからいろいろ選択肢はあったんだと思うから、後悔が生まれる。
ところが、過去の自分は今につながる選択肢を選んだ。
それが自分の人生の正解だと考えずとも、無意識に。

そう考えると、そもそも選択肢は存在せず、そうなることが必然。
選択というよりそうなることが自然だったのかもしれない。


そうなると、自由意志など存在しなくなるな。

こう考えると過去の事を振り返るのは、無駄なことだと思えてくる。
文字通り過ぎ去ったことで今に影響を及ぼすことはないからだ。

でも、人は何とか出来たんではないか?とIFを考え、後悔として過去を振り返ることが多いんだろうな。


後悔を糧に今を変える力はないのかね

まあ、人は同じ過ちを繰り返すとよく聞く。
過去から学んでも新たな問題が出てきてキリがないんだろう。

私は後悔していることは特にはないな。
幸いにも好き放題生きてきたと我ながら思う。
今突然死んでもこの世に未練はない。

満足度は人によっても異なるから一概には言えないが、自分の身の丈に合わない幻想を抱く人間ほど今に満足しないのでは?

あの時ああしていれば何かが変わったはずとか、努力をしてきたのにとか思う人間がこのタイプ。

あの時ああしていればの“ああしていれば”が今の結果だと気づいていない。
その時違う選択があったとしても、それを選ぶ力は自分にはなかったと理解していない。

努力してきたというのもこれだけやれば結果が出ないのはおかしいと思っているから出てくるセリフ。
とかくこの世界を長く生きていれば分かるが努力と思ってやっているうちは自分の思う様な結果は得られない事が多い。
自分の見積もる努力に対する結果と、実際の結果が一致しないのは自分の身の丈を理解していないからと言える。

あの時ああすればと、過去が変われば今も変わると思っている時点で身の丈が分かっていない。
それが出来なかったから今に至るのに。

過去を悔やむよりは過去の経験を糧にできなかったことをやるのも面白いのではないか。

なんとなく思うわ。



何が言いたいかわからなくなってきた

まあ、年寄りの自分語りを聞いてて「へー、ほー」と相槌打ちながらいろいろ思っていたわけだが・・・

これからどうしたいとか言う話は出ないんだよな不思議と。

定年以上の年齢になったら今流行り?の終活とかの話するようになるのかね。
終活はある意味未来を見据えた有意義な話題だよな。

本当に過去の話は意義ない。

自分が若くてどうだったとかどうでもいいわ。
年とっちゃってるんだから。

どう考えても、これからの事を考えてなにかすればいいのにとか思う。

過去に囚われても今が疎かになり衰退する一方なのに。

まあ、この人たちみたいに年とらない様に気を付けようと思った。












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